『建築学概論』の構造と示唆。

2014.1.2 22時18分
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大学1年の授業で出会って初めて恋をした女の子と、15年ぶりに再会して甦るあの頃の気持ちを描いた、映画『建築学概論』。観客に初恋の甘酸っぱさとほろ苦さを追体験させて、2013年最高の悶絶映画となった。そんな本作の「切なくて素敵な良い話」としてのストレートな感動は誰もが共感するところだが、それ以外の、あまり意識される事のない構造と示唆の魅力について、パッと思いつく範囲で触れてみる。

 

 

なお、この文章は、既に本作を観た人専用となっているので、まだ未見の方は、是非、本作をご覧いただいた上で、お読みいただけると幸いです。映画として実に面白いので、まず損をする事はないはず。

 

 

では、まず、タイトルにある『建築学概論』だが、これは主人公で建築士スンミンと、ヒロインで家を建て替えたがっているソヨンが大学時代に出会った建築学科の、おそらく一般教養(ここでの扱いは他学部でも履修できる基礎授業のひとつ)の授業の名前。この授業の講義を通じて主人公たちの関係性は接近していく。具体的には、同じ江北に住むという設定に従い、一緒に江北の街を探索し、講義の課題を協力する。映画の導入としてごく自然だ。これを構造的な視点で捉えると、見え方が少し追加される。そもそも建築学概論という授業で語られた講義内容そのものが、恋愛において必要な過程を描いているのが、まず面白い。教授が「自分が住む町を旅して、じっくり観察して記録に残し、対象を知り理解する事が、それが建築学概論の始まりである(良い建築を作るための基本条件である)」ことを講義で伝えている。であれば、この本作における建築学概論という授業は、映画的には恋愛学概論と言い換える事も可能ではなかろうか。

たとえば「相手をじっくり観察して、理解することが、良い恋愛をする条件」であるかのように。本作の建築学概論という講義は、恋愛の始まりと終わりを象徴する講義なのだ。だから本作は、構造的に、期首の講義で恋に出会い、期末の講義と共に恋も終わる。本作のイ・ヨンジュ監督が元々建築家であるという出自も大きく影響しているのだろう。建築というものを哲学的に捉えている側面を感じる。面白い試みだ。

 

 

もうひとつ、構造的に特徴を感じさせる点がある。松崎健夫さんも指摘されていた点で、本作は、かつて想いを持っていた初恋同士のふたりが現代に再会して古い家を建て替える話だが、この、古い家をリノベーションするという行為が、本作のテーマである初恋とその再構築そのものであること。かつての初恋に手を加えて想いを更新するという作品の基軸にリンクしている。

具体的には、既存の古い家を取り壊して全く新しく建て替えを提案する建築士スンミンに対して、ヒロインのソヨンが、提案されるどんな素晴らしいデザインにも納得せず、スンミンのアシスタント(後に明らかになるスンミンの婚約者)が提示した、古い家を改築するリノベーションには何となく賛同するのは、医者と勢いで結婚し破綻した現代の生活の欠落を抱え、過去に残してしまった想いが徐々に顕在化してきた結果、スンミンに設計を依頼したソヨンにとっては、物語の構造上、必然の選択である。

一方、スンミンが何度も新しい建て替え案を提示していたのは、彼の現代の生活が、婚約者との結婚と渡米を控えた、ある意味で順風満帆の身であったという点で、彼の内包している過去の想いは彼自身にとっても潜在的であり、人生を前に進める意思が明示されているからだ。

この位置づけは、一見、ソヨンと対照的だ。両者の意向の違いの中、本作の古い家の建て替えが、新たな建て替えではなくリノベーションとして動き出すのは、この映画そのものが初恋を組み直す、想いのリノベーションの物語だからであり、構造的に論理的で、全く正しい。

 

 

 

このような基礎工事を経て骨組みされた本作は、様々に張り巡らされた印象的な示唆で肉付けを加えられている。数え上げればきりがないが、その一部を書き出すことにする。

現代と過去を交互に描き、過去におきた出来事は、現代ではどうすることもできないという諦念と、それでも昇華することができる想いを本作は描写する。現代パートで、スンミンがソヨンに再会し、家をリノベーションするうちに、かつての想いが甦り、婚約者とのアメリカ行きを迷う。一悶着あったのち、迷いを湛えたまま実家に帰ったスンミンが、アメリカ行きでひとりになってしまう母親を気遣う。母親は15年前から変わらず同じ家に住み続け、新しくはなった冷蔵庫から15年前同様ビニール袋で包まり保存された食材がこぼれ落ちる。そんな彼女が着ているのは、かつて主人公が着ていて先輩にバカにされて憎んだブランドの偽物カットソーだ。お金がない事をぼやいていた母親は、息子に、長年営んできた腸詰スープの店を売ったお金を渡す。母親は、自分はもう動けないけど、息子には自分の人生を進んで欲しいと願う。スンミンは、かつて、ケチでバッタもののカットソーを着せられて八つ当たりをした母親の、息子を思う気持ちに涙する。その際、彼が涙をこぼすのは、当時、怒りに任せて蹴り飛ばして壊した実家の扉の前。カメラは壊れた扉を捉える。彼は、かつて自らが壊した扉を直そうとするけど、扉は直らない。それは彼にとっての過去は、やはりもう変えられないことを示す。そこで流した彼の涙には、母親の気持ち、そして自分の、もう変えられない人生がつまっている。見事な演出だ。

 

 

過去パートで、スンミンとソヨンの間に決定的な行き違いが起きた後、初雪の降る日に会おうと約束していたソヨンは、初雪の日、約束通り空き家に来たけどスンミンの姿はなく、展覧会のCDとプレイヤーを置いて去る。そして15年後の現代パートのラスト、リノベーションした家で新しい生活を始めたソヨンのもとにスンミンから郵便物が届く。それはかつてあの空き家に置いてきたはずの展覧会のCDとプレイヤー。あの初雪の降る日には、ふたりは会えなかったけど、互いがあの空き家に行ったという事実が明らかにするのは、行き違いがあっても、それでも消えなかった想い。スンミンがソヨンのためにかつて作り、行き違いで渡す事なく捨てた、彼女の理想の家の設計模型を、彼女がゴミから見つけてずっと保管していたことを激しくなじったスンミンだが、一方で、彼自身も、彼女が置いていった想いとしてのCDとプレイヤーをずっと保管していた。つまり彼自身も彼女との別れ以降どれだけ幸せに暮らしていても、潜在的にその想いを捨てていなかったことがハッキリするシーンでもある。展覧会のCDとプレイヤーは想いの象徴であり、それをずっと保管していたスンミンから、持ち主であるソヨンに返却したことは、お互いの想いの昇華を象徴するものである。追記するまでもなく、設計模型を保管していたソヨンの行為もまた象徴である。ラストショットで、ソヨンが展覧会CDを聴く。そこで流れる「記憶の習作」の歌詞にもまた、想いを込めている。

 

 

このように、大学の講義、古い家のリノベーション、CDの保管、建築模型の保管などを通じて、理路整然と、それでいてエモーショナルに語っていく構造の妙と示唆の上手さに舌を巻くのだが、同時に、イ・ヨンジュ監督の出自である建築に対する哲学も伝わってくるのが、やはり素晴らしい。本作は彼にとって、建築哲学の、映画というフォーマットへのリノベーションであり、それに相応しい作品に仕上がっている。『建築学概論』は、彼の新たな作品が早く観てみたいと思わせるほど、その構造と示唆が作品の豊かさを拡張した傑作と言える。

建築学概論

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