『ベルリンファイル』に漂う、スパイアクション映画の佇まい。
近年、日本で公開される韓国映画で注目すべきは、ポン・ジュノ一連の社会派エンタテインメント、キム・ギドク作品のような絶望や悲劇の味がする悟り系人間ドラマ、パク・チャヌクの『オールド・ボーイ』などの復讐三部作やナ・ホンジン監督の『チェイサー』『哀しき獣』などに代表される哀しみと痛みが漂うバイオレンス作品、『サニー 永遠の仲間たち』『建築学概論』のような涙なしには観れない青春回想感動作、あとは『高地戦』『ブラザーフッド』のような南北分断型号泣戦争作品が主流でした。どれもそれぞれのジャンルでレベルが高く、唸らせられることが多くて満足度高いのですが、ここに、とても気になる韓国映画のもうひとつの主流が帰ってきます。それが韓国スパイアクション映画です。
このジャンルで最も有名かつ影響が大きかったのはハン・ソッキュ主演の『シュリ』であることは疑いようがないでしょう。
韓国映画界で過去最強のスパイアクション映画『シュリ』が日本で劇場公開となり大ヒットを記録した2000年から、日本における韓国映画への注目が高まりました。以降も『二重スパイ』など、この方向の作品が劇場公開されてきましたが、『シュリ』のような、韓国のスパイアクション映画とはこれだ!というインパクトを与える作品はこれまで公開されていませんでした。そんな中、本格的なスパイアクション映画として登場したのがリュ・スンワン監督の『ベルリンファイル』(7/13公開)です。
北と南のスパイたちがドイツ・ベルリンの地で激突するスパイアクション映画。設定だけ考えてもちょっと気持ちが盛り上がる組み合わせ。ベルリンという土地は、言わずもがな冷戦により分断されてしまった、ある意味で因縁の街であり、韓国と北朝鮮が暗躍するには象徴的な街となっています。ロシアのブローカーを通じた北とアラブ系革命組織との武器取引に、韓国、モサド、そしてCIAが絡む展開から、この映画のただ事ではない感が出ています。と、同時に、おいおいこれちょっとややこしい感も滲んでいます。確かに、キャラクターと相関関係を把握するまではなかなかややこしいですが、一度頭に入れてしまえば、この映画のスケール感を感じることもできるでしょう。そして、その背景にうごめく北朝鮮の政権交代と権力闘争。このあたりのモチーフはまさに時流を捉えていて、非常に興味深く観ることができます。
個人的に本作において気に入っているのは、スパイアクション映画としての佇まい。国家の英雄でありながら疑惑の念を向けられ、国への忠誠の元、自分の妻さえも疑わざるを得ないような緊張感あるシチュエーションと、程よく派手な火薬量と無駄の少ない見応えあるアクション描写、国境を越えて世界単位で繰り広げられるスケール感、そしてハ・ジョンウ、ハン・ソッキュ、チョン・ジヒョンというメジャー感あるキャスティングを組み合わせた娯楽としてのバランスが秀逸。そして物語の向かう先が、現代の韓国スパイアクション映画を感じさせます。このような、韓国の他のタイプの映画にはない、王道であり時事的でもあるスパイアクションに満たされる人は結構多いのではないでしょうか。
ちなみに、監督の弟でもあるリュ・スンボムが、北の大物の息子でありベルリン支部のお目付役として本作には出演していますが、実に良い俳優です。リュ・スンワン監督作品ではおなじみなのですが、言葉がわからない我々が観ても、個性的で癖のある演技で本作の味わいを深めています。そこにも注目してみてください。
『ベルリンファイル』
『パスト ライブス/再会』
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